ゆらり、揺られて








懐へ似顔絵を再び忍ばせ、弥助ともえを追いかけた顔こそ幼い兄妹の身を案じる親の様なものであったが、胸の内はそれだけではなかった。
(満殿は何処へ)
二人の後を追いかけた喜平丸が再び家へ引き返すまではほんの数秒。喜平丸の目から見ても
(六十を数えるくらい)
老婆の満もまた、家を出たのならば姿を見つけることは容易いはずである。しかし、満はほんの片手で足りる秒数の間に姿を蒸発させたのだ。些か妙な話である。

喜平丸が優先させたのは姿が見える弥助達の捜索であった。
町に着いたばかりで地を知らぬ状態であったが、追いかける相手はまだ手足の短い少年少女である。脚を鍛える喜平丸が追い付くのは時間の問題である。
二人を抱えるようにして家に戻るものの、満の姿はやはりなく、兄妹等が家をくるくると探すが何処かへ行った様な跡も見つからぬ。その末、至った兄妹の結論は
「買い物でも行ったんじゃないのか」
であった。
「そんなはずはない」
本音であったが、此処で異を唱えたところで何も変わらぬこともよく分かっていた。
既に弥助の興味は見つかった似顔絵に向かっており、何も言わぬが頻りに喜平丸を見上げている。もえに至ってはじっと視線も逸らさぬ。
出会って間もない老婆よりも好奇心を煽るのは旅人が持ってきた「きっかけ」だったのだ。

心晴れぬまま、懐に一度は仕舞った紙を取り出す。
逸り紙を開いた弥助は家中、いや家の外までも響く大声を上げ、横からそっと似顔絵を覗き込んだもえも目を剥いた。

「留姉と善だ!」
「知っているのか!」
「知ってる!此処は留姉の家だ!」

両者共かちりと視線が合い大きく開かれた瞳が四つ。
二人の大声にもえだけが肩をすくめ兄の袖に顔を埋めている。
驚かせてしまったのだと謝ろうとした言葉さえ遮られる。

「ほら、もえ、留姉と善だ!」
「ほんと、姉様・・・」
「おう、運が良かったな!此処で待ってりゃ留姉にはすぐ会えるぞ」
「す、すりゃ、まことか・・・」
「善は留姉に言ったら、きっと会わせてくれる」

弥助は飛び跳ねんばかりに喜んだ。もえもやや頬を赤らめ
「良かった、ね」
「おぉ。もえ達のお陰だ」
笑んだ。

兄妹はそれは誇らしげに、「留姉と善」と呼んだ二人について話し始める。
似顔絵のややつり目の女を指差し、留。穏やかそうな男を、善法寺伊作と呼んだ。
留は今、喜平丸等のいる家に、同じ年頃の兄と住んでいる。しかし、兄は毎日家には戻っていないのだと言う。
「女子一人で・・・」
満もまた、孫を訪ねてきたと言っていた。
伊作という少年は、彼女の兄の友人だというが、留とも仲が良いらしい。
良く会いにきては、共に出掛けたり、話し込んでいたりするところを、弥助が見るのだと言う。
留という少女に会うことが出来れば、藤吉の元へ戻る日も近い。
居ても立ってもおれず、思わず玄関へ駆け出す背に、もえが後ろから言った。

「姉様はお買い物に行ってるから、直に帰ってくる・・・・」

「え、」

昂りかけていた気が一気に冷え、喜平丸は息を詰めた。
満との出会い頭、娘はどうしていると言って喜平丸を迎えたのか。

(しまった・・・・・・)

茫然となった姿を、幼い兄妹は首を傾げて見つめていた。






*                              *                                   *




「申し開きのないこと・・・」

一人の娘が少年の前に頭を下げた。
言葉とは裏腹に、娘に憂悶の色は無い。しかし、肩で息をする姿からは、娘が如何に必死で駆けていたかを物語る。玉の様な汗がやや日に焼けた皮膚の上を滑り、布に染みる。整えられている髪は、今や乱れに乱れ、葉などで汚れている。それは露出している腕や足も同じことで、足に至っては所々枝で引っ掻いた様な傷をこさえていた。
難しい顔で娘を見下ろす少年は、もの言わず棚から脂薬を取り出し、
「足を出せ」
促すが、頭を垂れたまま、動く気配はない。頑な姿にいくら厳しく言ったとしても、娘が動かないことを少年は知っている。分かってはいるが、言わずにはおれぬらしい。

「私の言うことが聞けぬ、と」
「必要ありませぬ」
「私があると言うているのだ」
「必要ありませぬ」
「強情者め。だが、今塗れ。傷が膿むぞ」
「忝なく」

娘はそう言うが、動かない。
「強情者め」
仙蔵が繰り返し、腰を下ろし、頭を上げるよう促した。今度は素直に床に向けられていた顔が少年を見つめる。浮かぶ感情はなく仔細なく動かず、元より鋭い瞳を際立たせていた。少年は、娘のその目が好きではない。
恐る恐る伸ばした手が頬に触れる。娘は熱いだろう体は、汗で冷えてしまっている。親指で目の下を撫でると、いくらか娘の気が緩んだのを感じ、少年もふと表情を和らげる。

「手を出すな。目的が見えん」
「あい・・・」

「しかし、何故おまえと伊作なのだ」
「以前、物取りを伸したことが御座います」
「・・・・・捕われた仲間の仇討ち、と。それはあるまい。態々絵までこさえて遥々探すものか。にしても、抜かったな」
「あい」
「今頃、弥助等からおまえのことは漏れているだろう。そんな顔をするな。男の様子からして弥助やもえに危険は及ぶまい」
「あい」
「まぁ、此処で隠れていると良い。伊作の元にいろ」
「あい」
「ところで、男の名は」
「喜平丸と申しておりました」
「よし、わかった」

「しばらくはおまえとの学園生活を楽しむことにしよう」
「兄様・・・」
「私とおまえの仲だ。そう呼んでくれるな。言葉もな」
「あい」
「・・・・・」
「・・・分かったよ」

「それはそうと、久しいな、留よ」
「あぁ、久しぶり、仙蔵」

娘はようやく脂薬に手を伸ばした。